Go Skateboarding Day(GSD)は、スケートボードを促進するために2004年に制定された"スケートボードの日"です。 毎年6月21日、世界中の主要都市で開かれるいろいろなスケートボード・イベントを通して、スケートボードを一般の人達へアピールするために、 Skateboard Companies(IASC)のインターナショナル協会によって考案されました。ある団体はニューヨークの街中を何百人という大勢でプッシュ したり、あるメーカーは地域に密着したスケートパークでコンテストを開催したり、ある会社員は会社を休んで友達とスケートボードを楽しんだりと、 全世界のみんなでスケートボードを楽しもうという日なのです。6月21日はスケートボーダー達にとって特別な日です。
Skateboard Companies(IASC) http://www.skateboardiasc.org/

本イベントDo More Skateboarding!は、日本にもっとスケートボードを広める ために、スケートボーダー達が自ら立ち上がり、"スケートボードは危険な 乗り物"という必要以上に誤った現在のイメージを、スケートボード本来の楽 しみ方や実際の活動内容を発信する事で、より多くの人達にスケートボード を理解してもらおうと、今年からスタートする運動です。 テーマは「スケートボードへの理解を広める」です。この運動を継続させてい く事で、日本国内での"スケートボード"というカルチャーをしっかりと確立させ ていく事を目的としています。運動の内容は、6月21日、渋谷〜原宿の街中をデッキを持って練り歩 き、みんなでスケートボードの本来の魅力をアピールするといったものです。 当日の参加者にはDo More Skateboarding!のTシャツを先着200名にプレゼ ント。正式な許可を得てのイベントとなりますので、残念ながら当日のイベント 中は一切デッキに乗る事ができませんが、スケートボーダーひとりひとりが協 力し合い、このイベントを盛り上げていきましょう!
 
 


1970年頃、サーフィンの練習用としてスケートボードが日本へと伝わり、その後のスケートボード・ブームに乗って、日本中にスケートボードがポピュ ラーな遊びとして広まりました。そのスケートボードを日本で確立させたのは、日本人初のプロ・スケーターともなったアキ秋山(秋山弘宣)氏と云わ れています。90年代には岡田晋、米坂淳之介、荒畑潤一などのトップ・プロ達が海外でも活躍するなど、日本でのスケートボードの認識が飛躍的に 向上しました。21世紀に入ると日本独自のスケートボード・ブランドも多数発足し、現在の多様化したシーンが形成されています。 2008年現在では、全国的に相次いでスケートパークが建設されていたり、昔スケートボードを楽しんでいた 世代が親となり、その子供達が親の影響もあってスケートボードを始めるといった、今までにはなかった年齢層の広がりを見せ、昔と比べると飛躍的 に良い環境が整ってきています。しかしながら、現在の日本では、スケートボードに乗っているだけで警察からの注意を受けたり、周囲の人達から白 い目で見られる等、未だ一般の人達からの"市民権"を得られていないのが現状だと思います。スケートボードに対する一般の人達の認識や考え方 のギャップは、まだまだ大きいという現実も直視しなければならないでしょう。この「Do More Skateboarding!」では、そのギャップを少しずつ埋めてい けるような運動を目指しています。


1940年代、アメリカのカリフォルニアで生まれたスケートボード。木の板に鉄製の車輪を付けて滑ったのが起源とされています。現在のスケートボードの原型は、50年代にRoller Derby社から売り出された「ローラー・サーフィン」という、木製チップにゴム製のタイヤが付いたオモチャだと云われています。
  60年代に開発されたウレタン素材という新しい材質がタイヤに使用されると、これまでの滑りが飛躍的に向上。当時はフラットで技を繰り出すフリースタイルや、パイロンを避けながらスピードを競うスラロームといった平面的なスタイルが主流でしたが、70年代に起こったカリフォルニアの渇水によって立体的なプール・スケーティングが確立されていきました。ヴェニスの「Dogtown」という地域で活動していたトニー・アルヴァ、ジェイ・アダムス、ステイシー・ペラルタなどZ-Boysチームの面々がこの中心にいました。これによって70年代中頃には日本でもサーファー達を中心に愛好者が激増し、スケートボード・ブームが到来しました。
  80年代に入るとスティーブ・キャバレロ、マイク・マクギル、トニー・ホークといったPowellチームが全盛期を迎え、バーチカルランプ主体の時代が幕を開けます。マックツイストはマクギル、スノーボードでもお馴染みのキャバレリアルはキャバレロといったように、次々と新しいトリックが開発され、これらは昨今のXスポーツ全般へ多大な影響を与えています。さらに、オーリーはアラン・ゲレファント、その他スケート・トリックのほとんどはロドニー・ミューレンが発案しました。
  80年代後半に入るとスケートボードは更に新たな発展を見せます。それまで企業がカンパニーを運営するといった流れが当たり前とされていましたが、フリースタイラーであったスティーヴ・ロコが自身のカンパニーを設立、このスケートボーダーによる初の試みは瞬く間に業界中に蔓延し、さらにストリート・スケーティングという新たなスタイルを生み出しました。
  90年代、相次ぐカンパニーの誕生でスケートボードはストリートの時代を迎え、マーク・ゴンザレスやマイク・キャロルを始めとしたストリート・スケートを語る上で外せないカリスマ達が次々と名を挙げ、スケートボーダー自らがシーンを作り上げていく事となります。'94年には、世界最大のXスポーツ・コンテストX-Gamesが初開催を迎えました。
  90年代後半になると、より大きなトリックを競うかのようにビッグ・トリック主流へと変化していき、ジェイミー・トーマスやチャド・マスカを始めとするビッグ・トリッカーがシーンを騒がし、時代のヒーローとなり、1つの新しい流れが生まれます。
  21世紀に入り、スケートボードはますます多様化を迎えています。トリックは日々少しずつ進化を果たし、様々な複合系トリックが生まれ続けています。こうして現在のスケートボード・シーンは多くの要素の上に成り立っているのです。